「春霞 秋たつ霧にまがわねば 思い忘れて鹿や鳴くらん」(御題「春鹿」)
慶長14年(1609)、南部(盛岡)藩の初代藩主で、南部家第27代当主・利直(としなお)公が、
中津川に掛けた「上ノ橋」の擬宝珠の銘。
盛岡城を中心とする新しい城下町(現在の盛岡市)を建設するのに当たり、
旧城下である三戸城下・熊原川の橋にあった由緒ある擬宝珠を、
鋳直して盛岡三橋(上ノ橋・中ノ橋・下ノ橋)へ設えたと伝えられる。
この擬宝珠は、延元元年(1336)、南部家第12代当主・政行(まさゆき)公が
京都勤番の折に不吉な鳴き声を上げる鹿を歌伏せにし、後村上天皇からの褒美として、
京・鴨川に掛かる橋の擬宝珠を、都の風趣として国元にうつすことが許されたことに由来するという。
昭和10年(1935)に盛岡を訪れた、歌人の岡本かの子は、
「みちのくの 夏の夕風 盛岡の ぎぼしゅが橋を 吹き渡るかも」
の一首を詠んでいる。
青銅製の擬宝珠は、地元郷土史家の尽力で戦時の金属供出からも守り抜かれ
昭和20年(1955)には、「国指定重要美術品」に指定された。
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